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Croquis No.2  ~Chestnut Sunday

 

 5月12日、 ロンドン市内のブッシ―・パーク(Bushy Park)で、コロナ禍で中断されていた伝統的な催しが復活します。ブッシ―・パークには1.6㎞もの大通りに沿って300年以上も前に植えられたセイヨウトチノキの並木があり、花が満開を迎える5月の日曜日に家族連れでピクニックを楽しむ、Chestnut Sunday(トチノキの日曜日)という催しが古くから行われていました。その起源はビクトリア朝以来と言いますから、少なくとも百数十年の歴史がある催しですね。

 もう7年も前になりますが、私は、仕事で5月中旬のイギリスを訪れたことがあります。それはまさにChestnut Sundayに重なる時期でした。ハリー・ポッターの「9と3/4ホーム」で有名なロンドンのキングス・クロス駅から小一時間揺られたところに、大学都市ケンブリッジがあります。私の記憶に強く刻み付けられた風景は、ケンブリッジ中心部のキングス・カレッジの堂々たる聖堂に寄り添うように立つ、トチノキの巨木でした。数えきれないほどの白い花を咲かせたその姿は、世界各地から最高学府に集まる若い英知を象徴するかのように思えたものです。

 開智所沢小学校が開校して一ヵ月、連休をはさんで、季節の廻り舞台がぐるりと回ります。新しい出会いの喜びと、緊張や不安とがない交ぜになったハーフトーンの4月から一転、抜けるような青空を爽やかな風が吹き渡る5月が始まります。開かれたばかりの開智所沢キャンパスには、新緑を湛える木々の姿があまりありません。実は昨年の2月に行われた校舎の起工式で、神事を執り行って下さったまだ若い神職の方から、こんな言葉を頂きました。「どうぞ、100年後の所沢を思い描きながら、学校を創って下さい。」これから立ち上がる開智所沢が、この所沢の新しい風景となり、木々の香り、土の香りを運ぶこの風と溶け合いながら、歴史を重ねていってほしい、そんな思いが、この言葉には込められています。100年の歴史を刻む、その言葉をずっと心に留めておくために、私は一本の木の苗を植えたいと思いました。松永建設様のご厚意によって、昇降口に近い芝グラウンドの角に植えられたのは、トチノキの苗です。植えた当初、2mほどの若いトチノキは、まだ固い冬芽をつけていました。

 小学校3年生の国語の教科書に広く採用されている『モチモチの木』(斎藤隆介)は小学生にはなじみの深いお話です。「自分で自分を弱虫だなんて思うな。人間、やさしささえあれば、やらなきゃならないことは、きっとやるもんだ。」じさま(おじいさん)が豆太に言ったこの言葉が、私はとても好きです。“モチモチの木”は、二人が暮らす峠の猟師小屋の横に立つトチノキの大木でした。開智所沢100年の木として私がトチノキを選んだのは、このじさまの言葉を、ずっと子どもたちに語って行きたいと思ったからです。

 もう一つの理由、これは誰にも言わなかったのですが、7年前に見たケンブリッジのトチノキのイメージが脳裏にあったからです。トチノキは、学問する場所にふさわしい。100年後に、開智のトチノキはどんな花を咲かせているでしょうか。5月を迎え、いつのまにかトチノキの芽から若い葉が次々に吹き出して来ました。その姿は、日に日に賑やかになる教室の風景に重なって見えます。

開智所沢小学校  片岡 哲郎