風の音づれ Vol.15 大地がほほ笑むとき
一時の桜の華やぎが過ぎて、人の心が次第に落ち着きを取り戻してくると、季節は晩春に入ります。開智望小学校のグラウンドは、春休みのうちにずいぶんと眺めが変わっていました。その主役は、光を放つようなタンポポの花の鮮やかな黄色です。桜が開花したころにはまだ片手で数えられるほどだったのですが、満開を迎えた桜に並びかけるようにグラウンドのあちこちから次々に弾けるように開花して、入学式の頃にはもう数えきれないほど咲きそろっていました。
タンポポといえば私は、現代日本を代表する俳人の一人である坪内稔典さんが詠んだ、有名な一句を想起します。
たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ
初めてこの句に触れた人は例外なく、「たんぽぽの”ぽぽ”のあたりってどこだろう?」「それって綿毛のことだろうか?それとも黄色がまぶしい花びらだろうか?」と、タンポポそれ自体の姿に“ぽぽ”の存在を見出そうとするでしょう。実は1667年に刊行された俳諧集『続山井』の中に、「たんぽぽのぽぽともえ出る焼野かな(友久)」の一句があり、”ぽぽ”という言い方は江戸時代からあったのだと、坪内さん自らが紹介しています(毎日新聞『季語刻々』より)。もしかしたら坪内さんはたんぽぽそのものを見ていたのではなく、燃えさかる野焼きの炎のなかに、やがて一面のたんぽぽが芽を出す姿を透かし見ていたのかも知れない、そんな想像も浮かびます。
4月もなかばにさしかかると、今度はクローバー(シロツメクサ)の白い花があっという間に、たんぽぽを覆い隠してしまいました。実は開智望の敷地内では、四つ葉のクローバーがたくさん見つかるのです。先日も少しグラウンドの脇を歩いた10分ほどの間に、7枚も見つけました。傷んでいるけれど実は五つ葉だったり、まるでデザインされたかのようにきれいに穴が開いていたりと、一枚一枚とても個性的な表情をしています。
クローバーの三つ葉は「希望」「信仰」「愛情」の印とされています。これはキリスト教で大切にされている三つの言葉です。四つ葉のクローバーの場合は、その三つの言葉に「幸福」が加わる、つまり「幸福」のシンボルとなるわけです。四つ葉のクローバーを見つけた人には幸運が訪れる、という言い伝えはヨーロッパに古くからありました。かの英雄ナポレオンが馬上で戦いを指揮していた時に、偶然四つ葉のクローバーを見つけて身体を伏せた瞬間に銃弾が馬の上をかすめて、命が救われたというエピソードもよく語られますが、本当でしょうか?
ポカポカしたグラウンドに立って、雉がゆっくりと横切っていく姿を眺めたり、ずいぶんと上達したウグイスの鳴き声を耳にしたりしていると、こちらの心が自然にまるく整って行きます。タンポポもクローバーもそれ自体は決して目立つ存在ではありませんが、それは春の大地のほほえみのように、私たちに小さな幸せをはこんできます。
(片岡)