風の音づれ Vol.10 さくら通信
2023年の桜前線は、3月14日東京の開花宣言を皮切りに、一気に動き始めました。年々早まる桜の開花。原因として考えられるのは温暖化による春先の気温上昇でしょうか。米海洋大気局は今年1月、2022年の世界平均気温は14.76℃であり、産業革命前と比べて約1.06℃上昇していると発表しましたが、そんな数字を聞いても、もう誰も驚かなくなっています。独立研究者として活動する数学者の森田真生さんはこう言います。「環境の問題は、同時に心の問題でもある。月を見上げ、風に揺れる緑に心を寄せ、土を踏みしめながら生きてきた人間の心は、ただ“内面”だけに閉じこもることはできない。人の心は、いつもこれをとりまくものと地続きである。だから、環境が崩れることは心が壊れることである(『僕たちはどう生きるか 言葉と思考のエコロジカルな転回』 集英社 より」)。」いつも心に留めておきたい言葉です。
それにしても、桜ほど私たちの心に強く、深く働きかける花は他にないでしょう。ところざわサクラタウンでは3月18日から4月9日まで「サクラまつり」が開催されていますが、予想以上に早い開花ですから、4月を迎えるまでに桜吹雪が舞ってしまうかも知れませんね。
さくらタウンの一角、、武蔵野坐令和神社の傍らに立つ枝垂れ桜は、私が訪ねた3月19日の時点では三分から五分の咲きほどと見受けましたが、薄絹をはらりと羽織ったようなその優美な立ち姿に、多くの人がしばし足を止めて見入っていました。枝垂れ桜には、その一本だけで人垣をつくらせる、なにか神秘的な力が備わっているように感じます。
(仮称)開智所沢キャンパスへの道に戻って、新日比田橋から東川を眺めてみました。上流のサクラタウン側はまだちらほら咲きでしたが、下流方面の土手沿いの桜はかなり咲きそろっていて、のどかな春景色を創りだしていました。
次の春にはこの風景のなかに、開智所沢の新入生のにぎやかな笑顔が描き加えられるのです。
平安末期の歌人西行は、誰よりも深く桜に魅入られた人物として知られています。彼は運命の女性であった待賢門院が世を去った後、京都を離れて高野山に庵を結び、春めいてくれば毎年のように桜を求めて吉野山中に分け入りました。吉野山は山岳修行の霊地であり、西行にとってそれは単なる花見ではなく、命がけの修行だったのです。「吉野山こぞのしをりの道かへてまだ見ぬかたの花を尋ねん」彼は、自分が歩いた道に必ず道標をつけ、年ごとに道を変えて、初めての道を辿ったといいます。
教員という仕事をしている私たちにとって、この西行のこだわりはお手本です。毎年同じ授業を担当していても、同じ行事を計画しても、それを経験する子どもたちにとっては一生に一度きりのこと。教員にとって、「日々新しくあること」こそ、忘れてはならない大切な心がまえです。そのことを改めて心に刻む機会が、この桜の風景なのだと思っています。
(片岡)