風の音づれ Vol.8 モクレンの花の頃
3月に入って、関東地方は気温が一気に20℃近くまで上昇し、一気に春の暦が進んだように感じます。所沢準備室のある開智望小学校・中等教育学校の広々とした人工芝のグラウンドも、春の陽射しを受けてキラキラと、あたかも天然の芝のような暖かい輝きを放っています。グラウンドを見渡す場所に立つ、まだ幹の細い白木蓮の木が、まるで子どもたちに拍手をおくるかのように、今年も精一杯の花をつけました
開智望の児童生徒の多くが、つくばエクスプレス守谷駅から関東鉄道に一駅ゆられて通学しています。その守谷駅では毎年この時期に、紫木蓮の花が盛りを迎えます。白木蓮は花弁が9枚であるのに対し、紫木蓮は6枚。遠目に見ると枝にたくさんの小鳥が止まっていて、翼を羽ばたかせて今しも飛び立とうとしているように見えますね。
寺田寅彦の短いエッセイ『木蓮』には、クスっと笑ってしまうような面白さがあります。「白木蓮は花が咲いてしまってから葉が出る。その若葉の出はじめには実に鮮やかに明るい浅緑色をしてゐて、それが合掌したような形で中天に向って延びて行く。…紫木蓮は若葉の賑やかなイルミネーションの中から派手な花を咲かせる。…人間もなんだか、これに似た二種類があるやうな気がするが、何が“花”で何が“葉”だかが自分にはまだはつきり分からない。」…分からんのかいっ、という突っ込みが聞こえて来そうですね。寺田寅彦は物理学者・随筆家で、熊本五高時代に夏目漱石と出会い、終生、漱石を師と仰ぎました。寺田の弟子には、「雪は天から送られた手紙である。」という美しい言葉で知られる雪博士・中谷宇吉郎がいます。さてさて、人間にとって“花”とは、“葉”とは何でしょうね。
まだ春浅い頃に花を咲かせるモクレン科の花と言えば、辛夷も有名ですね。開智望小学校が開校した頃から使われている土のグラウンドの横に、大きな辛夷の木が立っています。かなり高い枝に花が咲くので、グラウンドで遊ぶ子どもたちの視界には入らないかも知れませんが、遠くから見るとなかなかに立派な樹形です。辛夷は、古くから日本の山林や農村地帯に根付いて来た樹木です。秋田県や青森県では、辛夷のことを「田打ち桜」と呼ぶそうですが、これは、辛夷の花が咲いたら、田んぼを起こして農作業を始める目安にしていたからだそうです。だから、今でも田んぼのそばに植わっていることが多いのです。ちなみに、花のつぼみを摘み取って乾燥させたものを、辛夷と同じ漢字を使って「しんい」という漢方薬として使っていたそうですが、なんと風邪による頭痛や鼻づまりに効くということで、その点でもこの季節らしい花と言えそうですね。
(片岡)