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Croquis No.9  ~molto espressivo

 「霜満軍営秋気清 数行過雁月三更… (霜は軍営に満ちて秋気清し 数行の過雁月三更…)」

 1577年9月13日、上杉謙信は兵3万を率いて、織田方と通じていた能登の七尾城を陥落させました。「九月十三夜陣中の作」と題されたこの漢詩は、謙信がその生涯で唯一遺したものですが、その作風は大変風雅で、謙信の並外れた教養を垣間見る思いがします。

 ちなみに旧暦9月13日は「十三夜」。この日の月を「今夜明月無雙」と愛でたのは宇多天皇(在位887~897)が最初だと、松尾芭蕉が書いています。旧暦8月15日の中秋の名月とは違って、秋の収穫を感謝して「後の月」を愛でる十三夜は、日本の風土が生み出した風習です。今年は、10月15日がその十三夜にあたっていました。秩父や多摩の山河にも、これから秋気が静かに満ち満ちてまいりましょう。

 秋が独り立ちするまでに雨がちの日が続いたからでしょうか、今、芝グラウンドのあちこちでキノコたちが小世界を形作っています。春から夏に発生する種を総称する「梅雨茸」という言葉もあるようですが、キノコ類の多くが10月を最盛期としていますので、やはりキノコは秋の季語と言って良いでしょう。

 こちらは、キコガサタケでしょうか。華奢な柄にかわいらしい帽子を載せて、まるで芝生の中で小人たちがかくれんぼをしているかのようです。太陽の陽射しを受ければ萎れてしまう繊細なきのこです。こちらは、キコガサタケの仲間のオキナタケ。あたかも村の人々が平らな笠をかぶって農作業に励む、そんなアジアのどこかの国の風景を想起します。

 もうまもなくすれば、芝グラウンド整備の最終工程としてもう一度目土を入れて平らに均し、芝刈りをすることになりますが、キノコたちの囁きが聞こえてきそうなこの風景を、せめてブログに残しておきたいと思います。

 顔を上げれば、秋らしい青空を待ちわびたように、無数のトンボが風をつかまえて飛び交っていました。俊敏なトンボをスマートフォンのカメラで捉えるのは限界がありますが、どうぞ拡大して探してみてください。

 古来、トンボは「勝ち虫」と呼ばれて来ました。ハエや蛾、虻や蜂などの昆虫を捕食するどう猛さに加え、常に前に進み決して後ろに退かないその振る舞いが、多くの戦国武将の心をとらえたのです。山形県米沢市の宮坂考古館には、上杉謙信が関東管領上杉憲政から拝領した腹巻(甲冑の一様式)が残されていますが、その兜の前立には黒々とした勝ち虫が配されています。しかし、校舎を見守りながら自在に風を操るトンボたちは、そんな猛々しさとは違う伸びやかな強さを感じさせます。

 さて、「秋の日はつるべ落とし」。アフタースクールの活動を終えて、子どもたちが家路につく頃、キャンパスは壮大な夕景に包まれます。ここから先は、無数の虫たちが鈴を転がすように鳴き始めます。  

 秋のシンフォニーは、小さな生き物たちがリレーするいのちの旋律をその主題に編み込みながら、実にエスプレッシーヴォに奏でられていきます。

開智所沢小学校  片岡 哲郎